【コラム】長島のねこ①「さくらねこの話」

 2023年(令和5年)7月1日、長島町役場の公式ホームページのお知らせ枠で「さくらねこ無料不妊手術事業について」が告示された。告示された内容は以下のとおり。

 長島町は、公益財団法人どうぶつ基金の《行政枠》に協働登録をしており、公益財団法人どうぶつ基金が不妊手術・ワクチン・ノミ駆除薬の費用を全額負担する「さくらねこ無料不妊手術事業」に参加し、地域猫活動を行うボランティア団体などと連携してTNR事業を行います。

引用元:長島町役場・公式ホームページ(外部サイト)

「さくらねこ無料不妊手術事業」とは何か。まずは、そこからの理解を進めたい。

「さくらねこ無料不妊手術事業」とは、飼い主のいない猫に対し「さくらねこTNR(Trap/捕獲し、Neuter/不妊去勢手術をおこない、Return/元の場所に戻す、その印として耳先をさくらの花びらのようにV字カットする)」を実施することで、繁殖を防止し、「地域の猫」「さくらねこ」として一代限りの命を全うさせ、飼い主のいない猫に関わる苦情や、殺処分の減少に寄与する活動です。

「公益財団法人どうぶつ基金」は、1988年(昭和63年)に設立されて以来、人とどうぶつが幸せに共生できる社会づくりに貢献しています。犬や猫の行政による殺処分を早期にゼロにするためにさまざまな取り組みを行なっています。

引用元:公益財団法人どうぶつ基金(外部サイト)

 全国的にも広がりを見せる「さくらねこ」の取り組み。鹿児島県内の市町村でも、取り組みは進み、登録(協働)行政は増えている。2023年7月末時点では、43自治体のうち17の市町村が「さくらねこ無料不妊手術事業《行政枠》」に登録。長島町は17番目にあたる。

「さくらねこ無料不妊手術事業《行政枠》」とは、どうぶつ基金と全国の行政と協働して「さくらねこTNR」を実施しています。協働する行政は、どうぶつ基金が発行する無料不妊手術チケットを管内の市民ボランティアの方に、再分配しています。登録行政は、どうぶつ基金が主催する「さくらねこ無料不妊手術事業」(TNR先行型地域猫活動)の方針に合意した上で、どうぶつ基金から無料不妊手術チケットの分配を受けている地方公共団体の事です。

引用元:登録行政の一覧(外部サイト)

 どうぶつ基金では、1匹でも多くの猫に不妊手術を施すことが、殺処分ゼロを実現するもっとも有効な手段だと考えている。さくらねこ無料不妊手術は、全国の獣医さんや行政、ボランティアの皆さんと協働して行われている。「さくらねこ無料不妊手術事業」は、飼い主のいない猫の問題を殺処分ではなく、不妊手術(TNR)によって解決しようとする行政や、ボランティアさんを支援する事業で、《行政枠》《団体枠》《一般枠》の3つの枠に分類される。

 長島町役場が登録した《行政枠》について、比較として《一般枠》と何が違うのか。《一般枠》の場合、登録は1家族につき1人に限る。《行政枠》《団体枠》にあてはまらない場合は、すべて個人名での登録となる。《一般枠》のチケットは1か月有効(申請月の翌月1か月間有効)、最大で20枚まで申請ができる。本人以外の使用禁止、譲渡禁止、代理申請禁止、売買禁止。指定の登録フォームから申請し、受け入れ先の病院からの採択の可否でチケットが発行。チケットの有効期限内で病院で予約ができ、且つ、自身で受け入れ先の病院にネコを連れて行き、迎えに行くまでが一連の流れとなる。

 猫の不妊(去勢・避妊)手術の費用は、動物病院によって異なるが、避妊手術の場合は20,000~30,000円、去勢手術の場合は10,000~15,000円が平均とされている。個人が飼い主のいない猫に対し、自腹を切って工面する金額としては、この《一般枠》がどれくらいの援助となるか。病院への送り迎えの交通費や燃料費、消耗品、備品など、見えないコスト(費やす時間があれば、収入に繋がる労働もできたはず)も含めると、どうぶつ基金のサポートは欠かせないものといえる。

 では、さくらねこの取り組みの1歩として、《行政枠》は個人が純粋に喜んでよいものなのだろうか。長島町役場の「さくらねこ無料不妊手術事業について」の告示には、その取り組みを担う町民に向けて「ボランティア団体の募集」の一文が続く。

 長島町では、飼い主のいない猫の繁殖を抑制し、地域の公衆衛生の向上と良好な生活環境の確保を図るため、公益財団法人どうぶつ基金が実施するさくらねこ無料不妊手術事業(TNR活動や地域猫活動 公益財団法人どうぶつ基金のサイト)に基づき、町内で取り組むボランティア団体に、本町が交付するさくらねこ無料不妊手術チケット《行政枠》を交付します。

<事業の流れ>

1.交付団体等登録申請
地域猫活動をおこなう2人以上で構成するボランティア団体等が町に登録申請。

2.チケット交付申請
申請月の前月末までに町に申請。

3.チケット交付
申請月の下旬にさくらねこ無料不妊手術チケット(行政枠)を町が交付。

4.不妊手術の実施
ボランティア団体等が協力動物病院と不妊手術日程調整後、不妊手術を実施(チケットの交付後、約1か月以内)。

5.チケット利用報告
手術完了、地域に戻したことを町に報告。

引用元:長島町役場・公式ホームページ(外部サイト)

 果たして、ボランティア団体が担う<事業・取り組み>はこれだけだろうか。

4.不妊手術の実施ボランティア団体等が協力動物病院と不妊手術日程調整後、不妊手術を実施(チケットの交付後、約1か月以内)。

引用元:長島町役場・公式ホームページ(外部サイト)

 鹿児島県内のほか市町村でのさくらねこ《行政枠》の取り組みでは、この「調整」ほど、見えないコストが膨大にあると知ってのことだろうか。協力動物病院とのやりとりから日程調整、実施に至るまでの準備など。ボランティアの範疇を超えた日数が、個人の時間(人生)を費やすことでやっと成り立つ。行政職員が動けば、就業時間をもちろん超えるため、超過勤務手当が発生し、給与に反映される。行政が放置してきた問題に個人が解決のために動くと、タダ働きを強いられる。個人のお金・時間・収入機会・心理的負荷など、ボランティアの域を越えなければ、さくらねこの取り組みは出来ない現実がある。

 ちなみに鹿児島県内の協力動物病院は以下のとおり。長島町からの最寄りでは、さつま町の「はちどりTNR病院(場所:紫尾神社社務所)」で、車での所要時間は片道約1時間(52km)。当日の迎えとなるため、朝9時の受付(予約性・先着順)がスムーズにうまくいったとしても、2〜4時間は手術の待機状態となり、往復2時間を合わせても半日がかかってしまう。受け入れ数も予約が取れての話なので、鹿児島県内で最大の受け入れ数のある鹿児島市内の「ル・オーナペットクリニック」だと120匹までなので、予約は取れやすいが、長島町から市内までの往復だと、ほぼ1日がさくらねこの活動で終わることとなる。

スクロールできます
協力動物病院住所・電話番号車での所要時間
(距離)
受け入れ数
(予約制・先着順)
はちどりTNR病院
(さつま町分院)
紫尾神社 社務所
〒895-2103 鹿児島県薩摩郡さつま町紫尾2164
TEL:090-7464-9452
約1時間
(52km)

60匹
森の動物病院〒899-2311 鹿児島県日置市東市来町養母2763
TEL:099-274-7237
約1時間30分
(80km)

5匹
中原犬猫診療所〒891-1101 鹿児島県鹿児島市花尾町2626-1
TEL:099-298-7806
約1時間45分
(81km)

10匹
加治木動物病院〒899-5241 鹿児島県姶良市加治木町木田2101-2
TEL:0995-62-4787
約2時間
(90km)

30匹
帖佐ステラ動物病院〒899-5422 鹿児島県姶良市松原町2丁目27-9
TEL:0995-73-6177
約2時間
(91km)

10匹
柴原動物病院〒890-0082 鹿児島県鹿児島市紫原3丁目21-24
TEL:099-297-4649
約2時間
(102km)

10匹
かんまち犬猫
クリニック
〒892-0807 鹿児島県鹿児島市皷川町16-11
TEL:099-295-4635
約2時間5分
(104km)

5匹
あいん
猫と犬の病院
〒892-0804 鹿児島県鹿児島市春日町3-29
TEL:099-248-5303
約2時間
(103km)

5匹
ル・オーナペット
クリニック
〒892-0862 鹿児島県鹿児島市坂元町12-2
TEL:099-813-7791
約2時間
(106km)

120匹
※2023年7月時点でのデータ ※受け入れ限度数は変動あり ※長島町役場を出発点に車での所要時間が短い順

 猫を飼いたくて、家族に迎え入れた猫か。「なんとかしたい」と保護し、結果的に家族に迎え入れた猫か

 後者は、地域や行政が放置してきた問題を、個人が代わりに責任を背負い、答えを出したものだ。猫を飼いたい気持ちが最初からあった訳ではない。「なんとかしたい」という気持ちが、行動を起こし、自宅に保護した経緯だ。外野から見れば、自宅に保護した時点で、その家のペットと見なすでは、救いたいという気持ちをもった個人が、強制的にその命の責任を背負わざる終えない構造になる。その場所に居合わせた人が招いた問題ではない。その場所に放置された問題は、地域や行政が長年「なにもしなかった」から生まれたものだ。個人の善意に委ねた「ボランティア=タダ働き」では、それは尻拭いである。根本的な地域課題の解決には「行政の積極的な理解、啓発・啓蒙、公助にしかできない課題解決に取り組む前向きな行動」が絶対に必要だといえる。

 長島町役場が発行する広報紙『広報ながしま』では、2023年までの過去10年間分の発行号を調べてみると、飼い主のいない猫や野良猫、家猫に対する行政からのお知らせは年1回あるかないか。実際は、鹿児島県からのお知らせで、掲載内容は「エサを与えない・寝床となるダンボール箱を与えない・不妊(去勢・避妊)手術を行うこと」など、基本的なこと。(そもそも、言われなくても飼い主がいない猫に対しては、最低限の一般常識として知られている内容なので、わざわざ広報の場で言うことではない)地域が抱える課題に、広報の側面から見ても、長島町自体は積極的な啓発・啓蒙はできていないことが伺える。啓発・啓蒙が足りないでは、根本的な問題に対する改善意識が育ってはいかない。

 2022年(令和4年)6月に開催された長島町議会では、野良猫に対する一般質問が行われた。令和4年第2回定例会で、古田一博議員(指江集落・当選回数4回)は「野良猫の不妊・去勢手術に助成を」と投げかけた。一般質問でのやりとりの記録は、長島町議会が発行する『議会だより』で確認できる。

古田一博議員 野良猫を増やさない取り組みとして、他の市町村において不妊・去勢手術に対する助成や取り組みはあるか。

川添健町長 県議会の本会議でも同様の質問があり、この問題は社会問題になっている。建寧で助成を実施しているのは、鹿児島市など13市町村。(2022年6月時点)検討中となっているのが曽於市など3市町。取り組みとしては、ボランティア団体の代表者が「地域猫」の去勢や避妊手術の申請をして、助成を受けている。町として、この事業が定着できるか、地域や専門家などへ意見を聞く検討期間が必要と感じている。

引用元:長島町役場・公式ホームページ「議会だより」第69号(2022年7月8日発行)8ページ目(外部サイト)

 古田一博議員がまず、さくらねこの取り組みを知らないうえ、自身でも調べてもいないこと。議会の場で行政側に「助成、取り組みはないか?」と尋ねていること自体が、そもそもおかしな話ではあるが・・・。一般質問での回答に川添健町長は問題を認識しており、役場課内での野良猫に関係する事案の通報も把握しているはずだ。取り組みを導入する前段階として、「地域や専門家などへ意見を聞く検討期間が必要」と公言。そのうえで、2023年7月1日の「さくらねこ無料不妊手術事業について」の告示までの約11か月間、誰にどんな意見の聞き取りがあったのだろうか。少なくとも長島町内にはボランティア団体が無いはずなので、個人でさくらねこの取り組みをしている住民、または町外の専門家に聞き取りを行なっているのなら、その経緯はどうなっているのだろうか。専門家の指南があったとするのなら、行政側は少なくとも、長島町役場のホームページだけで急な告示だけでスタートを切らず、前段階として広報紙などで取り組みへの理解や啓発・啓蒙に関する文書やお知らせ、特集ページを作成するべきではないだろうか。

 野良猫の問題は、個人が招いた問題だろうか。

 さらに、長島町内では「多頭飼育崩壊」も起きている。自宅に20匹にも及ぶ猫と暮らす主人は、最初は「なんとかしたい」という思いから野良猫を保護。家族に迎え入れる。そこから2匹3匹と、自宅での保護を続けていくうちに増えていった。2匹以上の飼育からを意味を指す「多頭飼い」に対し、「多頭飼育崩壊」とは、無秩序にペットが増え、飼い主が適正に飼育できる数を超えた結果、経済的にも破綻し、ペットの飼育ができなくなる状況を意味する。経済的な課題は、保護活動を入口に、じわりじわりといつの間にか追い込まれている状況となり、取り返しがつかない事態に発展している。保護した本人が「多頭飼育崩壊」で保護されるケースも起きている。救いたい気持ちをもった個人が、救われる側になる。それでいいのだろうか。

 結論。2023年7月時点で、長島町役場が取り組みを進める「さくらねこ《行政枠》」については、ボランティア団体頼み(問題解決の丸投げ)であるといえる。過去の行政側の啓発・啓蒙での動きも評価軸とするのなら、行政は本気で地域の問題に向き合ってはいない。本気で住民の困りごとに向き合ってはいない。飼い主がいない猫、保護から家族に迎え入れた家族の思いや経緯、葛藤や負担、個人的に保護活動に取り組む方々の現状を汲んではいない。ほか市町村に続けとばかりの、パフォーマンスやポーズのための「さくらねこ《行政枠》」登録であるのなら、ボランティアに手を挙げる住民の負担は計り知れない。どんなに道路を整備し、綺麗な景観に努めた町づくりであっても、道路で野良猫が轢かれていては、無駄である。ゴールは「野良猫とも共生できる町へ」が理想であるのではないだろうか。

 個人ができる無理のない問題解決の選択肢を提案するとすれば、自宅周辺、集落単体で「さくらねこ《一般枠》」で着実に問題を解決し、地域猫の取り組みを広げていくことだ。長島町役場としては、取り組みが進んでいる市町村から成功例を学ぶこと。ちゃんと問題に本気で向き合えば、啓発・啓蒙が不足していることに気付くはずだ。「さくらねこ《行政枠》」には「協働」が絶対条件だ。協働とは、共通の目的を達成するために、ボランティア・住民団体などと行政がお互いの特性を認識・尊重し合い、対等な立場で、共通する領域の課題の解決に向けて協力・協調する関係である。現時点での長島町役場では、「さくらねこ《行政枠》」の取り組みを導入するにも、その体制や教養、地域への理解などが一定の水準には残念ながら達していないといえる。時期尚早だ。

 それでも、個人でも始められることはある。「さくらねこ《一般枠》」に1度でも取り組めば、部分でしか見えていなかった問題が、全体像として見えてくる。まずは小さく始めること。これ以上、不幸な命を増やさないためにも「さくらねこ」は、誰でも取り組める大きな1歩だ。

 

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